有用性の限界

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テキストサイト、なんてものはそもそもが密やかな愉しみなんであって、大の大人が大手を振って趣味として公表するようなものではないのは先刻ご承知の通りかと思うのですが、まあなぜって、いよいよ中の年になる御年でこのような、仕事論でも組織論でも技術論でも育児論や録でもない、かといって天下国家論でもない、ただの文章をゆくえしれずつれづれに書き連ねる大人はやばいというか、同僚上司先輩後輩取引先子供関連の父母繋がりなどおおよそ考えうる社会人としての関係各位に知られたらそりゃまあ、あっ、この人はとどのつまり精神が未熟なのだな、そんなだからこんな程度なんだろうな、と、心外な、しかしながら概ね当たっているレッテルを貼られ、彼ら彼女らの心中では、良くて苦笑、妥当にいって嘲笑、といった大人の対応を受けるリスクが相当に存在することは想像に難くないのですが、一、二カ月に一度くらいはこうして何も生まない逆ゴールドエクスペリエンスな文を書くことが自分には必要かもしれない、と思い込み実際そのように行動する人間になってしまったのは、果たして誰のせいか、当世流行の自己責任と言われればそれまでだけど、でもでも僕は悪くなくてきっとぜんぶ君のせいだ。


そんな感じで、いまの一文にアイドルグループの名称を二つほど紛れ込ませているのですが、わかる人はわかって下さい。その二単語を書きたいがために上記の一文があるのです。


なんて書き方はつまり、手段のためなら目的を選ばない内海課長の、そのまただいぶ縮小版みたいなものですが、実際問題、こうなったのも、君の、君たちのせいだと思うんですよ。作家の名文とはまた違うけど、当時その言葉が綺羅星如くのように思えた、古のテキストサイト群の。


そんな元テキストサイト運営者がTOKYO狂った街のなかでも一際アレな、魔都シンジュクに先月集ってやいのやいのやってらしたよう。行けなかったけど、そんなん興味深いに決まっているから、有り体に言って用事がなければ自分も元テキストサイト運営者として参加していたと思います。ただ、行ったら行ったで、たぶん知ってる人とちびちび呑んでお仕舞いだったろうし、羨望していた人達には声くらいもかけられなかっただろうし、知らん人から話し掛けられても生返事のオブジェと化していたであろうこともまた、想像に難くないのでした。


本当は、とあるオフレポを読んで触発され、行ってないのに空想でオフレポを書こうとすら、一瞬考えたのですが、みずからの技量不足と、だいたいそんなに仲良くもない人の方が多いので怒られそう、という何の変哲もない理由から止めました。というか、「おもしろいオフレポ」、というのがまず確実に書けそうもない、と思ったからという方が正しいかもわかりません。それにしても昔は、何かしらおもしろい、かもしれないと自分では思えるフレーズを色々と考えてみたり、それをどうやって文中に入れようとか思ったり、なんかオチとか考えてたの、よくやってたなと思います。

いつかできるから今日できる、というフレーズのパワハラ感が好きです

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世の中は、どうにもならぬ事ばかり、と説いたのはヤン・ウェンリーだったと思いますが、実際問題どうにもままならぬことばかりなのであって、ちょっと気を抜くと毎日が火渡り、不渡り、テンションダダ下がりという目も当てられぬ状態に、いとも簡単になってしまうのです。しかし何も考えずに文章を書くのは楽だなあ。こうやって何も考えずにただ書いていくという行為が続いていく、続けていけるこの時間帯は眠れない午前2時、苛立ちがドアを叩くわけですが、このフレーズが分かるあなたは同世代なんだと思います。そうそう、こうやって何も考えずにただ書くという行為、どこかで憶えがあると思いましたけど、昔、そんな日記に挑戦しよう、ってことでただただひたすら手を止めずに書き続けるというムーブメントが割と身近にあったなあと思い出しました。というかこの文章、携帯でペコペコパコパコ打ってるので進みが遅いですね。打ってるというか、スワイプしたりしながらペコペコパコパコやってるだけです。なんにせよ明日はもう仕事したくない。でもしなきゃ、でもやるんだよ、逃げちゃダメだ、でも逃げたくて逃げたくて震える、てな感じで僕は本当は西野カナを素直に聞くような女の子になりたかったな、とぼんやり思う。ただし仕事は行きたくない。でもあまり好きくない感じの元上司がそろそろ辞めるようで、私の心は夏模様。それだけのことで夏模様になる小人の中の小人といった趣の器の小ささ、我ながら困ったものですが、本当に困っているかというとそうでもないのですだめだ眠い。もう寝ます。

何度目の移転だろう?数えてはいないだろう。陽は沈みまた昇る、当たり前の毎日、何か忘れてる。

自分の書いた、正確にはタイプした結果出力される文字列を、Webサイト、というか、在りし日の真名で呼ぶなら「ホームページ」にアップするようになったのがかれこれ十七、八年前だったと思うのですが、十五、十六、十七年前とわたしの人生暗かった、という、夢が夜ひらいてしまうような思い出ぼろぼろある限りなくせに、今でも、折に触れてその頃誰かが書いた日記や、自分の書いた日記、あれやこれやの会話、それやこれやの行状、などふと頭の端に過るのは、やはり仄暗い青春よりも遅れてきた青春のようなものの方が自分にとって眩しかったからに違いなく、それを衒いなく認められる程度には年齢を重ねたがゆえに、ここでまた、いまでは一年に一度ほどしか訪れない、何某かの文章を書きたい、という欲望の捌け口をこさえた次第なのです。

 

という前口上、ずいぶんと手癖感が強いのだけれど、そこそこの文字数費やし僕が何を言っているかというと、「はてなダイアリー終了のお知らせが悲報的にやってきたのでどこか悲劇的な心持になり、悲痛極まりない思いでもってはてなブログへ記事をインポートしています」ということに尽きるのです。と、いま、尽きるのです、とキーボードを打とうとしたら、ちゅきるのです、になってしまったので、うっかり可愛さを醸し出してしまうところでした。剣呑、云々。まあ実際は悲痛なことは何もないものの、ただ僕の書いた文字列が消えてしまうのは、悲しいことだなあ、と自分で思ってしまったので、このような文章を書き始めているという次第なのです。

 

何かこう、本当はもっと、書こうと思ってたこともあるんですよ。仕事のことなんか触れつつ、如何に僕がどうにもこうにもなのか、という泣き言、恨み節、その他エトセトラ、軽く諧謔交じりか、古のフォントいじりすら使って書き連ねる用意も無くはなかったし、その反対に、前進、躍動、意識高い文言を書き連ねることもできたかもしれないのですが、そのどれでもなく、どちらにもつかない、熟考も推敲もほぼなくただ流れるだけの文章、元々それが僕の書きたかったことなのですし、このような形式の、改行もなく、有用性もほぼなく、そんな文章、このご時世に読むのは、ある程度奇特な方とまあ、言えなくもないので、これを読んだ貴男や貴女がもしいるのなら、それは古来インターネットの神に捧げる儀式であったという、キリ番ゲットとおなじくらい、珍しいことなのでしょう。

 

それで今日思い出したのですが、振り返るとたぶん十七年くらい前、テキストサイトをやっていた知人が、君はこの先も文章を書き続ける人である、というようなことを僕に言い、そうなんですか?と問い返したら、いやなに、呪いのようなものですよ、と言ってきたことがあります。そこだけ切り取ると、なにやら文学に捧げる魂の交差的エピソード風でもあるし、ぜひそう読んでもらいたい気もするのですが、このように価値判断における無風地帯を築き上げることに貢献するのみの文章を記しているところからすると、果たして呪いは成就したのではないかしら、と思わざるを得ません。

 

そんなわけで、あの人、だとか、あの人やあの人などなど、元気だろうかねえ。ってな風になんだか急にセンチがメンタルになってきたので、ソーシャルネットワークサービス上で息災を確認できる方々はまあ別として、一切消息が杳として知れない、いま思いつく限り五人程度に向けてこれを書いている、とすら言えてきたなと思うわけですが、届かない手紙というモチーフは古来より繰り返し用いられてきたものでもあるし、使わせてもらわない手はないのだと思います。だから、これは手紙です。御返事は、期待しないで期待しておく次第です。この先また、みなさんへの届かない手紙を書きたくなったら、また、何か、書くかもしれません。あらあらかしこ。

予言成就。40歳になっても日記を書いていた

何回か書いたことあるかもしれないのですが、たぶん15年くらい前に、自分のサイトで、僕は40歳になっても日記を書いてそうな気がする、と書いた憶えがあります。


その時はすぐに、嘘です、そんなの嫌です、みたいな文言を記載した記憶もなくはないのですが、実際、40になったけど日記を書いてみている自分がここにいます。いや、いないのかも。そもそも僕って何だ、何なんだ。とエヴァンゲリオン風の寸劇を挟みたくなる衝動を抑えつつ書き続けますが、でも、きっとあの時書いてて良かったんだと思うのです。すごく逆説的ですが、妻や子、家族やまたごく少数の友人を除いては、インターネットを介して少なからぬ繋がりを持った人達の方が今でもシンパシーは感じます。たとえずっと会ってなかろうが。


今でこそ社会生活はそれなりに送っていますが(たぶん)、思えば僕は、私は、小さい頃からどこか少しだけずれていたのかもしれず、かつ自分のやりたいことがわからない、的な一類型パーソンでして、例えば大学でサークルなんかに流されるように入ってましたが、自分の進んでやりたいことではないし、表層は合わせられますが最終的なところで学生ノリのネタ、キャラ、いじりいじられコミュニケーションと相容れず。など、主流だと思われる空気に、そう、空気に同化することはできなかったということだったんだろうなとおもってます。


結果、何年も在籍しておきながら1人2人を除いては、今そのサークルの人間と会う?と言われても会う気はしません。というか積極的に会いたくない。この辺は個人として多少入り組んだ感情がありますが、そりゃそうですよね、どちらかというと私はいじられる側の人間でしたし、シチュエーション上逆の立場に立つこともあるものの、いじりの方は今で言うマウンティング気味にくる場合もあったりで、なんか割と仲良くやってる感じもありましたが、実はホントに仲間と呼べるのはごくわずか、という。まあ、若かったの一言で済む部分も多分にありますが、数年前に一度顔合わせる機会があった際もいい年すぎるのに悪い意味で変わってなかったので、付き合いきれないっつうの。


って、みんな多かれ少なかれそういうのあるでしょ、うんうん、な話でしたが、インターネットで文章を書く、いや日記を書く、ていう意味のわからないことは、実は自分がやりたいと思ったことなのです。あれな話ですが、ほぼ初めてまともに自分でやりたいと思ったことなんじゃないかと思います。

そしてそこで会い、一定以上仲良くしてもらった人々は、世間的に見ればコミュ障だのクズだの見られておかしくない人たちも結構いました。ただ、もちろん人間の集団なので例外や逸脱例はありますが、と一言添えつつも、少なくともそれまで見てきた、空気でコミュニケーションする人たちよりは誠実で好ましかったし、よほど大人だったのではないかな、と思っています。

あとで続き書きます。

OKコンピューター、あるいはSEOとかクリック率を狙って書くのがライティングってことになっててそれはwebに載るテキストとして間違ってないけど、けど、の部分が自分の中に残る


OKコンピューターから20年ですって。学生時分でしたね。日記はまだ書いてませんでした。

25年くらい前だと思うんですが横浜にHMVが出来た時のことをよく覚えています。広い店内に無数の音源、知らない音楽、いきなり世界が拡げられた感じ。今なら検索すれば大抵の音楽は出てくるし、なんだったら映像付き、でも、検索するってことはそれを少しは知ってるってことだから、実はあまり知識が拡がらないってことでもあるなと思うわけですし、レコメンドエンジンはまだまだ基本的に当たり前の結果しか返せてないと思う。つまり類似した音楽をレコメンドすることが多いし、それこそ紹介テキストが弱いことが多くてそそられない。

昔は良かったって話を書きたいわけでもないけど、外資系レコードショップは知らない音楽と出会える可能性が俯瞰的に可視化されていてわかりやすかった。ある意味で決められた枠の中を気持ちよく泳げたようなものだった。良くも悪くもそこには無限なようでいて有限の楽な世界があったように思う。

でも、それらはインターネットの検索とレコメンドで出てくる結果としての一覧か詳細ページに変わってしまった。そして、ショッピングモールでたまに見かけるHMVタワレコはなんだか新星堂あたりと同じくらいに縮小して、ヒット作と過去作のアーカイブばかり手堅く陳列してる。代わりに俺達はインターネットで自由を得たらしいのに、レコメンドで決められるものは当たり前で反発したくなるし、広過ぎる検索可能性は結局のところ自分の知識をベースとした手足の延長線上の結果しか返さない。ジャンルでソートし一覧化されるおすすめ作品はすでに聴いたことがあるものか、チャート的に上位という順列の結果になっている。

端的に言って、つまらないなと思う。でもそれは、自分で自分の知識を拡げようとしなければならなくなった面倒臭さと裏表で、データベースだけは色んなところにあるからアクセスの仕方を自分で工夫しなよね、ということになったんだろうなとも思う。それがインターネットでしょ、工夫しなければ、工夫しない結果が返ってくるだけだよ、というような。

というわけで、キュレーションメディアの出番だ、という最初の直感は正しかったのかもしれないけど、数の論理が先行され余計に無駄な情報が増えただけだった。そこでは元からあった意味での編集がほぼ不要か、まったく不要だったから。誰かにとって入り口になる情報と誰かにとって今更まとめなくても良い情報が、情報の中身ではなくSEO的なロジックで順番に並ぶ。そして、そこからのソートやフィルタリングまでは実装されてない。短期的に、網羅的に金を産むものではないから。編集が金を産まない世界ゆえに。

もちろん、旧来的なメディアの文脈や役割をインターネット上でもうまく変換して編集しているものも人もあると思うんだけど、圧倒的に目立たないし、じゃあ例えば自分にとってのかつてのHMVなりの役割を果たすメディアなりポータルなりを見つければ?というのもちょっと違う気がしている。

じゃあ何だよ、って言われるとよくわからない。でも、少なくとも、ランディングした情報から、いまのような表層的なアルゴリズム、いかにもな関連キーワードやタグや近いジャンルの作品や記事を一覧で出すのではなく、編集軸を感じられるリンク関係が返ってくる、編集軸が感じられるレコメンドをされる、たまに一見ジャンル違いだけど実はこんなに面白い繋がりが見出せる、などが返ってくる、が実装されれば、だいぶ違うのかもしれない。


その時になったらようやく、OKコンピューター、って言うかもしれませんね。でもそれって、抗生物質漬けのブタにまた近づくってことかもしれませんが。

ベランダ立って胸を張れ

今の所、転職はして良かったのだろうと思う。大分、時間的に白くなった。つまりホワイトになった。何せ前職では長い事労働していた。文字通りの意味で。


世の中的に、労働に時間をかけているという事は、それだけ非効率で無能だからである、という言説がある。これはあまり面と向かって否定される事はない。が、はっきりさせた方が良いのは、それは長時間労働は会社に対する貢献として是であるという旧態依然というか搾取的な価値観の逆張りとして正しいのであって、実際はそこまで単純化出来る話ではなく、個人がハイパフォーマンスでフルコミットなビジネスパワーを発揮すれば組織の効率化が為されて必ずバンザイわー最高、ってわけではない。のだが、どうもこの種の仕事論などの仮想敵としては、想像上の組織ではなく想像上の個人や古い言葉でいう「クラスタ」が選択される気がしていて息苦しい。いやまあ気のせいかもしれない。


ただ非効率や無能さは、個人事業であれば個人の課題とも言えるかもしれない?が、組織に属するなら組織の課題でもある。組織レイヤーの話と個人レイヤーの話は分けてしかるべき、なのだが、特にインターネットでは、右だの左だのってな間でお互いのダメそうなところをわざわざ拾い、それを材料にぽんぽん「クラスタ」間で攻撃しあって、それぞれがそれぞれを自分より下の馬鹿と思う事で日々溜飲を下げる、という高等遊戯に勤しんでる方も多そうなので、そう思えるのかもしれない。


こうやって、ちっともぴりっとしないけど個人の意見は概ねこんなレベル感になるよねってなことを書けるのも、時間ができたからなんであって、そういう意味じゃ今の方が遥かに効率的ではある。突然なれるわけはないので依然として有能ではないですが、それでも効率的なのは確か。ただ、それは組織環境に大いに依存すると思いますよ。というわけで、ぼくの仮想敵は、なんでも個人の責任範疇に押し当てようとする人や、見下し攻撃をすれば自分と反対に近い位置にいる人らをまるっと馬鹿扱いできるイージーな思考の人ってことになるかもしれませんが、それでだいたいあってます。

伊藤まりかっと


伊藤万理華さんの伊藤まりかっと的な個人PVを観てからの当然必然空前絶後の帰結として、なんだか今日髪を切りたい、と思って昨日、息子と一緒に美容院へ行き、髪を切りました。似合うだろうが。というわけで今日は妻子連れて公園で遊んでる。うーん、我ながら、14,5年前はニートに近かった事を考えれば、割とまっとうな市民生活を送っているのではなかろうか。我々が皆、首の後ろのプラグを抜かれたら目が覚めるオールイズドリームな世界に生きている可能性を否定しきれない事を考えなければね。