停止したはてなの中で
時系列バラバラで思ったことを書く。
はてなを喪うだけですることが無くなるというはてな依存、アンテナに上がらないサイトは無いように扱われる(言い過ぎ)というはてなの形態は確かに抑圧的なので、人がアンテナヘイトたり得る十分な理由はそこにあるのだけど、他の抑圧的な事には割とぎゃあわあと騒ぐ癖に僕ははてなに関しては進んで好んで依存して使っている。関係ないけど、いや関係あるかな、僕とかみんな、自分の意見や態度の変化・不変化には優しいけど、他人の意見や態度の変化・不変化には厳しいよな、って思った。例えば○○はいいけど似通った構造を持つ○○は駄目、みたいな、勝手なものだよね……。で、もちろんそれは件のジャイアニズム発展形に至るというか、俺は良いけどお前が同じ事するのは駄目、みたいなのになったりする。まあ勝手であることを自戒・指摘したってどうなる、という話があるけど。
風邪が治らない。もっともそれは、安静にしていないで治らないような行動ばかりしているからというのもあるのだけど。肉体的に疲労が蓄積しているのも関係しているだろう。おまけに二日酔いだ。昨日幾分緊張しながら食事と酒を摂ったからだろうか。
何年ぶりかはわからない、プラネタリウムを観た。最初ちょっと寝そうになった、というか寝たんだけど、すぐに起きて映像に見入った。宇宙の映像が僕は好きだ。宇宙は独りを感じて、その独りが僕は好きではないけど、映像自体は好きだ。僕が、独り、というものをはじめて強く強く意識したのは、多分、幼稚園の時分にある夢を見た時だ。その時、僕は推力を失ったコアファイター、ガンダムに出てくるアレだ、に乗っていて、独り、ただもうずっと、慣性の法則に従って宇宙を進んでいた。味方の通信は途中でざあざあいって途絶えてしまっていた。僕は、本当に独りだった。ひどく寂しかったのを憶えている。ただし、独りは嫌だけど、その夢のような圧倒的な独りにはどこか美しさを感じる。それは、肉食の獣に仕留められた獲物がぴくぴくして動かなくなる瞬間の、どこかうっとりした表情の美しさに通じるものがあるのかもしれない。
池袋って変な街だよなあ、と思う。みんなヤンキーっぽい。