恋の呪文はパパピプパ
昨年末はビッグな田原トシちゃんこと田原俊彦さんが久々にテレビに出ており、そのご尊顔を拝見したところ、「トシちゃん≒オザケンを凶悪にした生き物」という気付きを得たのでいい年の暮れだったと思います。オザケン好きの人に怒られるかもしないので恐怖しておりますが、実はけっこう似てると思うんです…。あと年末年始は『ごくせん』とか『踊る大捜査線』とか見てぼんやりしてました。テレビっておもしろいですね。
ところで話はバイザウェイといった様相で一変しますが、僕がさいきん最も注目している漫画は、柳沢きみお先生がBUBUKAに連載している『アイドルの友達』です! これは、2005年にはもっと注目されていい漫画なのではないでしょうか。柳沢先生といえば『特命係長 只野仁』や『SHOP自分』などといった極めてステージの高い漫画を量産出来る神域の漫画家として有名ですが、『アイドルの友達』においても先生のペンは冴え渡っており、そのコマひとつひとつから迸る、時代の息吹きを血肉として取り入れるような、村上ドラゴン先生やホイチョイプロダクションを想起させるような嗅覚の鋭さ(あるいは勢い余った鈍重さ)はもうすごいんだかすごくないんだかしっちゃかめっちゃかなゾーンに突入していてただただ圧倒されます…。柳沢先生のように、一見どこかで見たことのあるような、表層的には時代の半歩後を行くような漫画を量産できる漫画家は、逆説的にオリジネーターとして時代の半歩先を行き、真理と狂気の狭間・境界に位置する零度の漫画世界を産み出せる希少種だと言えるでしょう。『アイドルの友達』は「17歳の現役アイドル・石倉舞ちゃんが生き馬の目を抜くような芸能界でトップアイドル目指して奮闘」というのが大まかなストーリーなのですが、最新号では、なんと、“舞ちゃんの歌詞に盗作疑惑が!?”という、読者の髪の毛が抜け落ちそうなほど斬新な話題が展開されていて、先生の鮮やかな手腕に心底驚かされました。まさかあの問題を今(さら)*1取り上げるとは……安倍なつみさんの盗作は柳沢先生のアンテナに鋭くキャッチされ、ここに作品として結実し見事に昇華されたのです。しかもこの回では、盗作とは何の関わりもないオチで牧歌的に物語は締めくくられるのであり、やはり逆説的に問題の極点を湧出させるような柳沢先生独自の切り口の存在を強く感じずにはいられません。もはや我々読者は、美女のストッキングを前にした獣性溢れる男が取りうるある行為のような勢いでもってシャッポを脱がされてしまう他はないのではないでしょうか。恐ろしい漫画です…。
このように、“芸能界のリアル”を抉り出さんと熱を帯びた筆致が図らずも―――あるいはそれが柳沢先生の深慮遠謀なのかわからないところもまたミステリアスですが―――異界のエネルギーを召喚している漫画ですから、漫画欄外の「舞チャンファンクラブ」なる読者の方からのお便りコーナーにて、「芸能界って、意外といい人ばかりなんですね。自分はてっきり黒い世界だと思っていましたが、この漫画を見てちょっとビックリしました」「柳沢先生はいろんな雑誌でいろんな話を書いてらっしゃいますが、テレビの話もこんなにリアルに描けるなんてすごいです」などなどの心温まる賛辞が送られるのも至極当然の話であって、要するにもうちょっとこの漫画には注目してゆこうぜ!と僕は広く訴えかけたい風情なのですが、ちなみに、劇中における舞ちゃんのヒット曲のタイトルは「死語をなめんじゃねーYO!」といいます。彼岸。
●参考:『アイドルの友達』はこういう感じの漫画です(クリックすると拡大画像が!?)↓
▲註:このように「作者が漫画の冒頭で時節の挨拶や自説の展開を見せる」というような手法は、あの(作)やまさき十三/(画)北見けんいち 両先生の大著『釣りバカ日誌』にも通じるものであり、柳沢漫画のメジャー感や異形感に拍車をかけているものと思われます(メジャーと異形は両立します)。
*1:しかし、「今さら」という言葉を発することは、「柳沢先生に対し『今さら』と言い出す方が『今さら』で恥ずかしいのではないか、だが今漫画で盗作を取り上げるのは今さらというかベタすぎるのではないか、だがしかし…」、などの逡巡ループに陥る地獄構造へ取り込まれることを意味します。恐るべし柳沢先生…