ブーツでマイブラッディバレンタインをドカーっと蹴ってルカーって叫んでドカドカいって

 お前らそんなにチョコが好きかァァァァ〜〜〜ッッッ!!(「そんなにディアナが好きかァァァ!!」と叫ぶギンガナム御大将の口調で) というわけで今日は、一年において、僕らにとってはアポカリプスよろしい末法的な響きを持つ特別なワン・デイとしての刻印を施された一日、バレンタイン・デイらしいんですが、ところで、我々はチョコが好きなのではなく、言わずもがな、チョコが媒介として機能する結果垣間見せてくれるあのラブリーでライフイズカミンバックなアトモスフィア、つまりその“チョコの向こう側”に“仄見え”る、行こうぜピリオドの向こうへ的な恋情をこそ欲していたりいなかったりします。一昨日渋谷のスクランブル交差点で、「俺んとこ来ないか」とばかりにヒップかつホップな魔術的ともいえる手の動きを披露しつつ信号を渡るヒップでホップな服装の若者がいたのですが、彼もきっとチョコの向こう側を欲していたのだと思う。いかにもかっこは悪かったのだけど、彼は、それでも振っていた。手を、振っていたのだ。きっと、渋谷にいた全ての女性のためにだ。君たちにはわかるかな?そういう気持ち。僕らの弾ける心のブルースを。そう、人は、否、男は、バレンタインが近くなると、普段に輪をかけて矢鱈饒舌かつ対異性アピール性の多動癖を患った恰好悪い生き物と化すのだが、それはチョコのためでは勿論無い。そうYOU、チョコの向こうの、YOU、あなたのためなのだ。


 …とか書いておけばいいのかなあ……バレンタイン日記とはこういうものかしら?こういうのでいいのかしら? 恋とはどういうものかしら?みたいな感じで、もう先の展開が思いつきませんよ実際。バレンタインという日を、「チョコを貰えるのか、貰えないのか」なんて“ドキドキ”して過ごしたのは正確に言えば中学生までだったかもしれないなあ。僕は高校が男子校(学名:JIGOKU)だったし…大学生くらいからもうドキドキしなくなった、というか、別段モテないことがわかっていたのであまり何も感じなくなった。一喜一憂はしなくなって久しいというか…。だからまあ、もうそういう意味でのドキドキなどなくなってだいぶ経つのだし、あったらあったで困るだろうし、そんな意味合いで緊張する日みたいな意識はないのです。ただこう、バレンタインなのにモテないっすよ人類滅べ、的な日記は根強いことですし、ああ僕も久々に無理矢理でもいいからバレンタイン日記を書いてみようかなあ、と思ったんだけど、失敗でした。何せ元々あまりその手の日記は書けない上に、過去に書いてたとしてももう数年は書いてないので…。って、今、さらっと当たり前のように記したので自分でも見逃すところでしたが、数年日記を書き続けているというのが哀愁を誘いますね。もはや数年…。これはオチと言えるかもしれません。よってオチです。さようなら!


 あーあー、ごめんなさい。さようならじゃなくて、ごめんなさい。というか上に書いたのはちょこちょこ嘘が混ざっています。強がった。超強がって書いた。僕だってホントはオトコノコですもの、誰かから貰えるかもしれない、といった少年的ドキドキはないかもしれませんが、例えば好きな人からチョコレート貰ったらとてもうれしいし、そうそう、チョコレート色のジャケットを貰ったのはうれしかったです。なんてな感じの微妙な日記。やっぱりバレンタインは言及しようとするとその魔性を露わにするみたいです。うまいこと書けへんわあ。