住宅ローンが払えたらイイナ!

 別に日本的、慎ましやかな清貧の思想を体現したい、というわけでもなく、かといって守銭奴めいた心性でもって生きてきたわけでもこれから生きてゆくわけでもないのだけれど、最近はなんだかわかったことがあって、それは、やっぱりお金ってイイヨな、ということである。


 世知辛いもので、こちとらが、あれだ、それじゃあ、そろそろマンションでも買いましょうか、社会に参画する気分だとか住処を「手に入れる」というある種の所有欲や誇示欲を満足させることによってせせこましい快楽を得るためとかに、とかにね?って気分になって、ほいで、そしたら、実際、じゃあ買いましょうか?ってなって、で、お幾ら万円なんですの?って段になると、どこから聞きつけてきたのか、一見親切を装いながら這い寄る混沌のような存在、ジャストライクヤクザなその名も35年ローンさんに目をつけられるわけで、つまり、気がつけばあと430ヶ月間、430回払い、過酷な隷属状態は平成53年まで続き、ええと、今が確か平成18年とかだった気がするけども、それなんて昭和?と思わず問いたくなるほど長い期間はアイツから逃れられないみたいな状況に今なっていて、そんな今、この危機的閉塞的状況下において、私は、お金のことが、すごく、とても、ううんと、いっぱい、ほんとに、やばいくらい、好きなんだなあって気づいたの。ねえ、知ってる?今、私がいるマンションって、ぱっと見私の、私たちの持ち物にも思えるけど、実はぜんぜんそうじゃなくって、35年ローンさんのものなんだってこと……。あいつに睨まれて、私たちローンを支払って、支払って、そうやって段々返済していって、ようやく…たとえば……そう、ドアノブだとか、玄関の呼び鈴のボタンなどが自分たちのものになる、って寸法なのだから、そういう世の中の切なさを感じると、大人じゃない、乙女です、泣いたりだってしちゃいます、という気分になるよね、そう言って、彼女の表情は翳り、悲しそうな顔を見せるものだから、そこで夫はこう言い返す。



 そうだね、確かにローンはファックかつメルドーだ。そして、奇遇なことに、僕もお金が昔よりも大好きになってしまったようで、今君が言ったようなことはひしひしと感じている、あの、35年ローンは僕らを蝕み、それは精神の衛生上よくないことだと思うから、この先、心の持ちようを崩してしまえば、そう、僕らの住むこのマンションの隣にある「My Room」というラブホテルの看板を僕らは毎日否応なしに見ているわけだけれど、マイルームと言うぐらいだからうっかり自分の部屋だと勘違いして、僕か、もしくは君が、よくわからないエロいお姉さんやお兄さんと一緒に、自分の部屋に帰る感覚で入り込んでしまうという惨劇が起こりかねないのだし、そういえば、マイルームの近くには「モナコ」ってホテルもあるわけだから、そこも観光気分で入ってしまいかねない、そう考えると、やっぱりローンはメルドーかつファックあるいは消えてなくなってほしいものだよね。


 夫がつらつらとローンによる精神崩壊の危険性を述べあげると、それは困るわ、と彼女は眉根を顰め、一寸思案に暮れる様子を見せながら、しかし、ふと思い返し、でも、前の家はいくら支払っても永久に自分たちのものにはならなかったわけだし、雨が降ればお湯が出ないようなビックリハウスだったわけだから、要は、ローンなんて返してしまえばいいわけだと思う、と述べて、夫もそれに同意する。


 ああ、そうだね、まったくだ。実際、ローンの奴なんて、稼いで返してやれば文句すら言ってこない小心者に過ぎない、そうだね、まったく、よく考えればただ返せばいいんだから、素晴らしいね。そうそう、あと素晴らしいのは、ここが愛の波動に溢れる場所だということもある、頭文字Dに出てくるような車が野太いエンジン音を響かせながら、ウィンカーを点灯させ、それを操る男と助手席に乗っている女の組み合わせが、誘蛾灯に挽きつけられるようにホテルに吸い込まれていく姿を一年中見ることが出来るこの土地は、愛の大地だと言う事もできるわけだと思う、と夫が言うと、そういえばそれは確かにそうで、愛は素敵ね、と妻は返し、そう、素敵なことだよ、と夫は答える。そして夫婦はベランダに出て、二人とも大好きなお金さんとだったら、あるいは3人で愛の交歓を交わしても良いのかもしれないね、等と言い合いながら、煙草を吸うのだった。(という叙情的なオチで次回に続)(きません)。