Air / 百物語を、君に。

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id:wonder88さんがはじめた「百物語」がおもしろそうだったので参加したいです。こういうの、個人的に好きですし、箸休め程度に読んでいただければ、みたいな感じです。まあ、いざ書いてみると、僕はどうも以前によりをかけて文章が書けなくなっていることと読み返してみると全然百物語っぽくならなかったのが自分でひしひしと感じられ正直もう泣きそうなのですが、しかし、こないだ休日なのに何がしかの労働が発生したせいで自宅から遠く離れる名古屋のどこぞの安ホテルのベッドの上で深夜こんな文章を書いていた、という事実がすでに百物語のひとつではないか?とも思っています。

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「Going to Your Funeral, Pt. 1」


 海上に設置され上下に左右にうねる線路は長々と続いているのだが、僕の乗った列車はあなたの葬式に向けてしんしんとその上を滑ってゆく。すでに座席は埋まっており、そこに座っている人々はみな一様に押し黙って目を伏せ、ぼんやりとしたよくわからない、どこにでもある、それとも、はっきりしない顔をしていて、そして暗い色をした、ぱりっとしているくせにしまりのない風にも見える服を着ているようだ。また、座席と座席に挟まれた通路は通路で僕のような座席に乗りそびれた人々、だらしのない癖にいやに締まって見える背格好の人々で立錐の余地もほぼなく埋まっているのだが、彼らは、座席に座れないこと、まさにそれがいかに彼らのくらしを折り曲げているかというようなことを一様に声高く語り合っていて、よく見るとその瞳孔はきゅいきゅいと伸縮や開閉を繰り替えすレンズさながらのせわしない動きを見せている。それはまるで心ここにあらずというか心がここにありすぎてその場の容量を超えてどこかに消えてしまった風な目つきで、彼らは僕を見据えながらしきりに自分たちの意見への同意と、シュプレヒコールへの参加を求めてくるのである。


 なにか、どちらにも自分の場所はないと感じた僕は座席に座れるでもなく共に声を上げるでもなく通路にぼうっと立ったままで、霧雨が走る列車の窓にさあさあと打ち付けて、雨が降っていると言うよりは水と空気が混ざって煙っていると考えるほうがしっくりくる様子である「外」の空間と、僕らがいる「中」とを隔てる滑らかな透明の板に小さな水の点がゆるゆると集まって、ある程度の固まりになり、それらが窓硝子をすべり落ちてゆくのを眺めていたのだが、ある時、目の前に座るはっきりしない顔の男に足で小突かれてしまった。


 その際僕は、人に蹴られるというのはそれなりの理由があったりなかったりしてしかるべきことだと思うから、まずは目を落として、なんですか?とはっきり聞き返すべきだったのだ。けれど、なんですか、の、な、のところまでおずおず答えた瞬間に、今度は二度、さっきよりも強く、足で突かれてしまう。いや、もっと単純に、強めに蹴りを入れられた、と言ってもいいのかもしれない。そしてさらに、続いて三度。今度はもっと強く。


 さすがに痛かったので、僕は身をよじらせる。しかし、彼から怒りや憎しみを向けられているというよりは、まるで刑罰を受けているような風だった。目の前の、座席に座り、僕を足蹴にする顔はそれほど歪んでいない。かといって、淡々としているというようでもなく、どちらかというと、「自分は義務を果たしているのだ」という晴れ晴れとした誇らしさが彼のぼんやりした顔からはくっきり感じられる。


 しばらく僕を蹴ったあと彼は、いやしい、と言葉に出した。それから暗い服たちは、つられるように揃って僕に向かい、いやしい、とざわめきだしたように思う。いつの間にか通路に立っている者たちの声は薄れていて、それと入れ替わるように、いやしい、いやしい、なんということだ、いやしい、なんということだ、いやしい、いやしい、なんということだ、と連呼されるその声はあのア・デイ・イン・ザ・ライフの最後を飾った、低くから高くへ、小さくから大きくへ、どんどん巨大になってゆくオーケストラの音と少し似ていて、それにつられ、胸の下と臍の少し上の辺りから、僕の身体を徐々に膨張させてついには破裂し飛び出してゆくのではないかという程のいたたまれなさとか恥ずかしさがせりあがってくるのだった。


 頬らへんが、じんじんと熱をもっているのがわかる。胸らへんはもう、ぐるぐると恥が対流していっぱいだ。


 どういうことなのか、僕は彼らに詰め寄りたくなった。いや、理由を知りたかった。だが、反対に、先ほどの合唱をバックにしながら、僕を蹴った人が、お前のような者のいやしさがこの列車をだめにするんだ、というようなことを言うのだ。そして言いながら、彼はズボンのチャックを開けてその中からおよそ勃起した陰茎をいそいそと取り出している。顔つきや着ている服や紡ぎ出す言葉がはっきりしないくせに、そういったことだけはいやにはっきりしているのだ。だから、はっきりと僕を規定してしまうのだ。気がつけば僕は身をかがめ、まずはその黒ずんだ茎の裏側を舐め上げていた。彼の手が伸びて、僕のズボンの上からさすりはじめたので、僕も勃起を始める。たとい誰の手であろうと、他人の手ならばそうなってしまうのだから、確かに僕はいやしいのかもしれない。
「お前のような、駄目な、いやしいやつが…お前の…ような……駄目な………」
 彼の言葉は僕に口含まれてぬらてらしたその陰茎と同じようにうわごとめいてきて、唾液の渦にまみれた僕の口内にそのまま吸い込まれていくようだった。そのうち彼に掴まれて、ぐいぐい動かされる僕の頭、いや、僕の口、息ができないのでとても苦しい、その僕の口の中を彼のものが泳いでいるまさにその時、
「みなさん!」という声が後ろから聞こえた。


「見てください!この横暴を!彼は被害者だ!被害者を救わねばならない!」と通路の人間たちがやかましくはやしたて始めるのが聞こえる。今度は、通路に立っていた者たちがまた騒ぎ始める番なのだ。救え! 救え! その声が響いている中でも僕は座席の彼を僕の口と舌でもてなすことを忘れられはしなかったが、不意に、かがんでいる僕の腰が掴まれて、ズボンと下着を一気に脱がされてしまった。救え! その次には、後ろから腰骨のあたりを押さえ込まれ、音頭を取っているのであろう後ろの人間が、僕に侵入してきながらも、もう片方の手で僕の陰茎をしごき始めている。座席の彼の陰茎を息を詰まらせながらじゅぷじゅぽと咥えこみ、後ろからは通路の人間に挿入され、そしてそいつから手淫を受けて僕は激しく勃起している。確かに、僕はいやしいのかもしれない。やがて、座席の男がいっそう激しく僕の頭を掴みがくがくと上下に動かしはじめ、また、通路の人間も僕にたいそうせわしなく腰を打ち付けだしたようだ。「いやしい!」「救え!」 ほとんど英雄的な叫び声とほぼ時を同じくして、僕に精液が流し込まれる。そして、僕自身も射精している。僕はそれで、蹴られたり咥えたりしごかれたり突っ込まれたりした理由がわかるのかと、口からごぼりと白くぬらっとしたものをこぼしながらも、期待と射精後の余韻にびくびく身体を震わせていた。


 だが、すると。
 しゅぽおん、と男たちは消えてしまった。

 これでは、何もわからないのではないか。これでは、失望だけが注ぎ込まれたことになるのではないか。


 いや、心配することはない。彼らは顔つきや着ている服や紡ぎ出す言葉がはっきりしないくせに、そういったことだけはいやにはっきりしているのだ。だから、はっきりと僕を規定してしまうのだ。ご覧、間髪をいれず、次は隣の座席の男が僕の目の前に移ってきて陰茎を取り出し、僕の腰にはまた新たな手が添えられている。僕は僕が何をすればいいのか、もうわかっていた。頬らへんが、じんじんと熱をもっているのがわかる。胸らへんはもう、ぐるぐると希望が対流していっぱいだ。しゅぽおん。しゅぽおん。しゅぽおん。しゅぽおん。僕は丹念に大胆にまごころを込めて愛撫を続け、真剣に熱心にまごころを込めて突かれ続ける。そうして、座席と通路にいる人々は順々に消えていった。最後には、座席と、通路と、僕の身体と、そこに塗れたおびただしい量の誰彼問わない精液だけが残った。


 海上に設置され、上下に左右にうねる線路は長々と続いている。僕の乗った列車はしばらくして、あなたと僕の葬式に辿り着いた。